2007年11月13日に会員サイトでアップしたものです。ご参考にしてください。

バブルに巻き込まれないで着実に財産形成する方法(2007/11/13)

最初に過去のバブルの教訓として次の三点を挙げさせていただきました。A株のバブルや一部の香港株でもバブル懸念がありますので以下の教訓を参考にして投資にお役立てください。大事なのは今後絶好の買いチャンスが到来すると思われますが、その時に現金がなくては話になりません。先週もお伝えしたとおり割高に買われている銘柄に関しては不透明感が強まっています。現金化する分は現金化し次の展開に備えておかれることをお勧めいたします。

〜中国株で利食い資金を多く抱えている方編

(新規で中国株を購入される方やこれから本格的に始めようとされる方は次回)

具体例を挙げさせていただきバブル株とはどうゆうもので、バブルを形成するきっかけやバブル崩壊後の姿、そのようなバブルに引っかからないで中長期で財産形成をしていくには何が必要かについて触れておきます。

最初に過去のバブルの教訓として次の三点を挙げさせていただきました。A株のバブルや一部の香港株でもバブル懸念がありますので以下の教訓を参考にして投資にお役立てください。大事なのは今後絶好の買いチャンスが到来すると思われますが、その時に現金がなくては話になりません。割高に買われている銘柄に関しては現金化する分は現金化し次に備えておかれることをお勧めいたします。


教訓にしたいこと


1.バブルの末期は買いが買いを呼ぶ状況で需給が非常に良く、上昇しきってしまう傾向にあること。


対策)このような局面では買いを入れるのではなく徐々に売っていって現金化して行くこと。結果が出ている方は素直に売って利益を現実化することが重要。弊社の従来からの会員のように事前に的確な銘柄を的確なタイミングで購入できた方たちにとっては現金の比率を高めていく利食いのチャンスです。


逆に購入するのが遅くなって、この本来売り、もしくは様子見の局面で結果が出ていない方は前の買い局面で的確な投資が出来なかった結果です。遅れたなら慌てて参戦するのではなく次のチャンスまで待つこと。買い一辺倒でなく買い場が来るのを待つことも株式投資には重要です。次の上昇相場の時には確実に捉えたと言うように今から準備を進めることが重要ではないでしょうか?


2.逆にバブルの後は売りが売りを呼ぶ段階になり、値段にかまわず大きく売られる局面が来ること。特にバブルとは関係なく適正な株価水準であった株もかまわず売られ、思いもしないようなバーゲンセールとなる可能性があること。


対策)バブルの後はバーゲンセールのように良いものが思わぬ安い値段で購入できるチャンスがあること。そのタイミングを捉えれば、バブルとは関係のなかった銘柄を、予想以上の安い値段で購入が出来る可能性があること。


3.そうは言っても人間ですから上昇している時は関心が高くても、下落していくと関心が低まります。このパターンに陥る方はまず株で財産を築くことは非常に難しいことになってしまいます。


株の場合は上昇すればするほどチャンスは遠のき、下落すればするほどチャンスは大きく近くなっていくのです。上昇すればするほど関心が高まり、下落すればするほど関心が低くなるのであれば、株で成功することはまず不可能と言っても良いのではないでしょうか?逆に高値で買って安値で売り、株で大きな損を出すにはこのようにすればすぐに出来ます。


対策)こうゆう調整局面の時はむしろ会社の内容をよく吟味して、本当に良い投資対象を探していく段階と割り切れば後々花が開いてくると思います。その投資対象を出来るだけ安い値段でタイミングを見て購入していくのです。そのための準備をしていく為に弊社としても「将来の大きな財産形成のために・・・」そのような情報を心がけます。


1年前2年前の低迷期も同じです。1年前2年前に弊社推奨銘柄を購入し今、大きな成果を得られている方は既に利食いを出して現金化し次に備えている段階です。目一杯購入し売りそびれている方は次に備えて少しでも現金化しておきましょう。


逆に1年前2年前に購入できず出遅れてしまっている方はこの機会に悪循環を断ち切り、次のチャンスを絶対はずさない決意で望むことではないでしょうか?


☆1980年代後半から1990年初頭にかけての株・不動産バブル


「バブル形成のきっかけ」


1985年当時、ドル高による貿易赤字に悩む米国は、プラザ合意においてG5諸国と為替相場への協調介入する旨の共同声明を発表しました。


これにより、急速な円高が進行し、1ドル=240円前後だった為替相場が、約2年後には120円台まで急進しました。このことから、日本で持っている米ドル国債や不動産などドル資産に大きな含み損が発生し、為替リスクを嫌った資金が無条件に国内投資に向かいました。また金融緩和が実施され、資金がだぶつきました。このような背景から、日本国内の不動産や株式に資金が大量に向かい始めました。


つまりだぶついた資金の行き先が株や不動産などに集中してしまった結果です。特に急速な円高で、外国へ流出する道が閉ざされ国内へ一気に集中してしまいました。


「では、実際に関連企業の株価はどうなったのか?」


当時は、1985年のプラザ合意以降、建設・不動産・金融、その他でも土地を多く保有している企業の含み益などにも注目が集まり、多くの関連企業が上昇しました。


清水建設 バブル形成時221円 2,430円(10.9倍)崩壊後778円 約1/3
東急電鉄 バブル形成時301円 3,060円(10.1倍)崩壊後451円 約1/7
三井不動産 バブル形成時621円 3,230円(5.2倍)崩壊後720円 約1/4


上記のように、約4年間でそれぞれの株価5倍から10倍超の上昇となりました。

しかし、1990年3月期決算における高値時のPERは、清水建設74.3倍、東急電鉄493.5倍、三井不動産92.8倍とかなり割高な状況まで買われていました。


株価は1989年をピークに、地価も1990年の大蔵省通達(総量規制)を受けて1991年には下落に転じ、バブル崩壊となりました。


そして、上記銘柄の株価も1992年の夏頃までは、ほぼ一貫して値下がりを続け、軒並み1/3以下の水準まで下落しました。また、銀行や証券会社は、過剰融資や過剰投資などによる回復の遅れから長期低迷となりました。


「バブルに巻き込まれなかった方は?」


NY市場など外国株は一時的な下落に過ぎなかったブラックマンデーを経て、1990年以降は本格的な長期上昇相場となっていきました。その当時には日本株のほうが派手に動いていましたが、そのような株を一部でも売っていきながら、動きの乏しい株もしくは下落していた米国株などへシフトすることがその後の大きな成功へと導いたのです。つまり日本以外の株式を保有されている方はその後、断然違う結果となったのです。


バブル回避銘柄の代表格


ヤマダ電機 1989年当時100万円投じていたら2006年ピーク時には5800万円。


☆1999年から2000年初頭にかけてのITバブル


「バブル形成のきっかけ」


1990年代後半、インターネット上で電子的な情報交換によって商品やサービスの分配や売買をする電子商取引(eコマース)の実現性が高まっていきました。新たなビジネスモデルとして、多くの会社がインターネット関連投資に走り、これらのサービスを提供するIT関連企業に対する注目度が急上昇しました。特に将来性をどんどん先取りする形で株価が上昇していくと行き過ぎてしまう面が強い典型例です。


さらに、1998年から1999年にかけて持続した米国の低金利政策が、ベンチャー創業資金や投資資金の調達を容易にしました。そして、現在の収益よりも将来見込まれる収益に期待して株式投資が行われたため、IT関連企業の株価が急騰しました。また、先進国を中心に携帯電話が急速に普及していき、関連企業の株価はIT関連とともに急騰しました。


「では、実際に関連企業の株価はどうなったのか?」


光通信 バブル形成時6,900円241,000円(34.9倍)崩壊後895円 1/270
トランスコスモスバブル形成時2,880円56,000円(19.4倍)崩壊後486円 1/115
京セラ バブル形成時5,350円28,000円(5.2倍)崩壊後5,570円 1/5


上記のように、それぞれの株価はわずか1年で5倍から35倍へ急上昇しました。特に株価がピークを付ける3−4ヶ月前からは、その上昇速度が加速しています。2000年決算を基準にした高値時のPERは、光通信が1,470倍、トランスコスモス934倍、京セラ105倍と説明の付かない水準まで過熱していました。


2000年3月、「文藝春秋」社が光通信の携帯電話販売店「HIT SHOP」に課せられた過重な販売目標と、その結果多発した実際には使われていない名義借りを行い、契約したように見せかける架空契約、いわゆる「寝かせ」疑惑を大々的に取り上げました。これが暴落のきっかけとなり、これまで成長期待で買われてきたIT関連銘柄・携帯電話関連銘柄の株価は、一気に下落していきました。


光通信の株価は、2000年2月15日の高値241,000円から2002年7月には895円まで下
落しました。わずか1年で34.9倍になった株価は、その1年後には1/270にまで下落してしまったのです。


上記のトランスコスモスや京セラを始め、ヤフーやソフトバンク、その他多くのIT関連・携帯電話関連企業の株価も、光通信に引きずられる形で大幅な下落となっていきました。その後は、2年以上に渡り新興市場は冷え込み、ネットベンチャーに対する出資案件も極端に減少し、起業しても資金調達が困難な時期が続きました。


「バブルに巻き込まれなかった方は?」


一方で、ITや携帯電話と全く関連のない企業の株価はどうだったのでしょうか?

その当時、新日鉄と言えば、ITバブル時の不人気銘柄の最たるものでした。当時新日鉄は事業再編を進めている最中で、粗鋼生産も伸び悩み業績も停滞期でした。しかし、株価は既にそれらを織り込んでいたため、2000年のITバブル崩壊後も170円から250円の間で取引され、その当時に購入していれば5倍になったのです。ほかにも日立建機やコマツなど東証一部の大型株は何倍にもなっています。


バブル回避銘柄の代表格


日立建機 2002年安値で100万円投じていたら5年で2007年ピーク時1900万円。


☆2005年後半から2006年初頭にかけての新興市場バブル


「バブル形成のきっかけ」


ITバブル崩壊後、約3年間に渡って調整を続けた新興市場でしたが、2003年以降回復基調となりました。割安な手数料を背景に、ネット証券を利用する個人投資家が急速に増加していき、信用取引の利用も可能となりました。


そのため、短期で逃げ足の早い投機資金の流入が続き、新興市場銘柄が大きく値上がりしていきました。また、ライブドアを始めとした多くの新興企業が、大幅な株式分割で時価総額を嵩上げさせ、それを元にM&A資金の調達を行うといった手法で規模の拡大をさせていきました。


本業での業績拡大ではなく、規模を拡大させることで成長しているように見せかけたことで、高株価の維持を図ったのです。多くの個人投資家は、そのことに気付かずに投機を続けたため、「株価が上がるから買う、買うから上がる」状態となっていきました。

まさしく、買いが買いを呼ぶ展開となっていったのです。


JASDAQ平均も、2003年3月の952ポイントを底値に上昇を続け、2006年1月高値2,904ポイントまで、2年10ヶ月で3倍の上昇となりました。そして、2005年12月8日に新規上場したジェイコムの株式において、みずほ証券が売り注文を大量に誤発注したため、その買戻しなどで株価が急騰して多くの投資家が利益上げました。それ以降、ライブドアに強制捜査が入るまでは、新興市場の上昇が加速していきました。


では、実際に新興市場の成長期待銘柄の株価はどうなったのか?


テレウェイブ
バブル形成時576,000円崩壊後28,000円 1/20
デジタルアーツ
バブル形成時560,000円崩壊後39,400円 1/14

※テレウェイブは2005年5月に1:4、2006年3月に1:2の株式分割、デジタルアーツは2004年10月に1:3、2006年2月に1:3の株式分割による調整株価


特に2006年12月以降の約1ヶ月では、それぞれの株価が1.5倍、2.6倍へ急上昇となりました。また、2006年決算を基準にした高値時のPERは、テレウェイブが234倍、デジタルアーツ373倍と説明の付かない水準まで過熱していました。


その後はまさに悲惨です。それぞれ1/20、1/14まで下がってしまいました。この高値で購入された人たちの大半は値動きにつられた個人投資家です。


「バブルに巻き込まれなかった方は?」


新興市場ではこのようなバブルが発生した一方で、任天堂や中国塗料など東証一部の好業績銘柄や、香港市場、NY市場など海外株式市場の株価指数などは軒並み大幅上昇となりました。経済状況を反映しての株価上昇が今でも続いているのです。


バブル回避銘柄の代表格


任天堂 2006年初頭で100万円投じていたら2年足らずで2007年ピーク時500万円。


以上のように一部分の銘柄がバブルが形成される過程でもヤマダ電機や日立建機、任天堂の例のようにその時々で数年で何倍にもなるような銘柄が非常に安い値段で購入が出来るチャンスでもあるのです。バブル懸念のある銘柄を今のうちに売っておいて安い値段で購入が出来るような準備をしていけば非常にこの期間有用に時間を使うことが出来るのではないでしょうか?